青森の幕内力士、143年途切れず。尊富士、錦富士へ、つないだバトンリレー
青森県出身の幕内力士は1883年から143年間途切れずに続いている。2000年代は最大8人いたのに、去年からは尊富士、そして錦富士がたった1人で記録をつないだ。今は2人、九州場所も続きそう。
中継でよく聞く「143年」
ここ半年くらい、NHKの中継やニュースでよく耳にする話があります。「青森県出身の幕内力士が、143年間途切れずに続いている」。尊富士や錦富士の取組のたびに、アナウンサーさんが触れているんです。
143年って、明治16年(1883年)から。ずっと誰かしら青森の力士が幕内にいた、ということです。どうしてそんなに続いているんだろう? 調べてみました。
【写真:会場外(国技館の幟/番付表など)】
【手書きメモ】1883年から、一度も途切れていない!
【ふきだし】143年って、江戸の終わりからすぐじゃん!?
【用語カード】青森県勢の幕内在位記録
青森県出身の力士が、1883年(明治16年)から一場所も欠かさず幕内に在位している記録のこと。都道府県別では最長の記録です。青森は「相撲どころ」と呼ばれ、横綱だけでも鏡里、初代若乃花、2代目若乃花など6人を出しています。
気になって数えた(1)青森の幕内力士は何人いた?
1990年からの番付で、青森出身の幕内力士の人数を数えてみました。
【データカード】
年代 | 場所数 | 1場所あたりの平均人数 |
|---|---|---|
1990年代 | 60場所 | 2.3人 |
2000年代 | 60場所 | 5.6人 |
2010年代 | 59場所 | 2.7人 |
2020年代(2026年9月まで) | 40場所 | 2.2人 |
出典:相撲レファレンス(Sumo Reference)番付・成績検索。1990年1月場所〜2026年9月場所の幕内
【手書きメモ】2000年代は、多いときで8人も!
いちばん多かったのは2000年代。若の里、岩木山、高見盛、海鵬、追風海、十文字、安美錦……と、幕内に青森の力士がずらっと並んでいた時期もありました。多いときは8人です。今は平均2人くらいなので、ずいぶん減っています。
気になって数えた(2)たった1人で支えた場所
1990年以降、青森出身の幕内力士が「たった1人」だった場所を数えると、23場所ありました。
【データカード】
時期 | ひとりで支えた力士 |
|---|---|
1990〜1991年(10場所) | 旭富士(大関・横綱) |
1997年(2場所) | 貴ノ浪(大関) |
2012年(1場所) | 安美錦 |
2016〜2017年(3場所) | 宝富士 |
2025年5月〜9月(3場所) | 尊富士 |
2025年11月〜2026年5月(4場所) | 錦富士 |
出典:相撲レファレンス(Sumo Reference)番付・成績検索。1990年1月場所〜2026年9月場所の幕内
【手書きメモ】尊富士 → 錦富士の「バトンリレー」!
いちばんドキドキしたのが、去年から今年にかけてです。2025年の夏場所から秋場所までは、尊富士がたった1人で記録を支えていました。ところが尊富士は秋場所を全休して、九州場所で十両に落ちてしまいます。
そこで入れ替わるように幕内に戻ってきたのが、錦富士でした。九州場所から今年の夏場所まで、今度は錦富士がたった1人で記録をつなぎました。2人とも伊勢ケ濱部屋の力士で、まるでバトンを渡すみたいに、143年の記録を守ったんです。
今は2人。九州場所も続きそう
今年の名古屋場所で尊富士が幕内に戻ってきて、青森出身の幕内力士はまた2人になりました。秋場所は、錦富士が前頭7枚目で7勝8敗、尊富士が前頭8枚目で9勝6敗。2人とも、九州場所でも幕内に残れそうな成績です。
でも、1人がけがをしたり、大きく負け越したりすれば、またすぐギリギリになります。143年の記録は、毎場所、たった1人か2人の力士の肩にかかっているんですね。中継で何度も触れられるのは、それだけハラハラする記録だからなんだと思います。
次に行く人へ
【まとめ枠(墨ベタ)】
- 尊富士と錦富士の取組を見るときは、「143年の記録」のことも思い出してみてください。1勝の重みが変わって見えます。
- 番付発表の日は、青森出身の幕内力士が何人いるかをチェック。記録が続くかどうかがわかります。
- 出身地を気にしながら見ると、相撲の楽しみ方がひとつ増えます。
※この記事の数値は、筆者が自分で調べて数えたものです。正確とは限りませんので、ご了承ください。